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木と、自分の生き方が交差する。森のまち・滝上で、木の一生を巡る冬の旅

町面積の約9割が森林に覆われ、豊富な資源を活かした林業を主幹産業とするまち、滝上町。北海道各地に林業が盛んなまちはあるものの、「木を種から育てるところから、森に植え、製材し、残材はバイオマス燃料として活用するまで」というサイクルが回っているまちはそれほど多くない。そんな滝上町で「木の一生を辿りながら森を満喫する1日」を体験しに、ある冬の日に滝上を訪れた。町内在住のネイチャーガイド・POUSSIN 冨山光太郎さんの案内のもと、「木の一生」をひと巡りした旅を振り返る。

岸苗畑/森のはじまりの場所

木のはじまりは、ひと粒の種から。苗畑で育ち、苗木となり森に植えられ、50~100年の時を経て育ち、材や燃料として活用される。林業を持続的なサイクルで循環させるためには、「伐る」と「植える」がセットで行われる必要がある。つまり苗畑は、木が生まれる場所であり、林業サイクルの供給役を果たす場所でもあるのだ。

今回のプログラムも、まずは苗畑から。1966年から滝上で苗木生産に取り組む岸苗畑を訪れたら、社長の岸紘治さんが迎えてくれた。

トドマツ、カラマツ、クリーンラーチなどの苗木を年間約28万本生産している岸苗畑。町内の人工林で植えられる木の多くはここで育ったもの。滝上の森の多くは、ここからはじまっているということ。木の一生を巡る旅の最初の目的地として、ぴったりな場所だ。

約5ヘクタールの敷地にはいくつものビニールハウスと露地畑が並ぶ。見えている雪原の下にも苗が眠っていて、春になれば辺り一面が瑞々しい新緑で埋めつくされ、爽やかな針葉樹の香りに包まれるそう。

ビニールハウスの中ではカラマツ苗の選別作業が行われていた。成長度合いによって苗木を分け、サイズごとにまとめて容器へ植え替えて「コンテナ苗」を生産する。春以降の育苗管理の効率を左右する重要な工程であり、岸苗畑の冬の主な作業だ。

作業を少し体験させてもらった。数字が書き込まれた定規代わりの木板に苗を当てて、14cm、20cm、25cmのサイズに選別する。1本ずつ木版と比べている横で、ここで働くスタッフたちは苗を手に取った瞬間にサッと振り分けている。こちらの羨望の眼差しに気づいてか、「やっていたらわかるのよ」と優しく微笑みながら教えてくれた。

岸さんがビニールハウスでの育苗やコンテナ苗の生産を始めたのは、15年ほど前のこと。当時、畑での育苗が主流だった北海道において先駆的な取り組みだったそう。雪解けを待たずして種植えができたり、苗の成長を早めたり、根付きが良くなったりという「木に対するメリット」が得られたのに加え、「冬場の雇用」も守られるようになった。

これまでを振り返り、「試しては失敗して、また試して。そんな連続ですよ」と岸さんは言う。言葉どおりに試行錯誤を繰り返しながら、新たな技術を確立し、全国山林種苗協同組合連合会の会長を務め、業界の先頭を走ってきた人。常に遠くの未来を見据えながら、豊かな森づくりと労働環境の改善に向けて挑戦を続けてきた。

そんなチャレンジの日々は今も続いていて、隣のハウスでは温度や湿度を徹底管理しながらさまざまな樹種の栽培実験を重ねている。

ハウスの外に出て、向かいの山を指差して岸さんは言う。

「伐採されている辺りが見えるでしょう。先代が育てた苗木が植えられていた場所。そこにまた苗木を植えて、また充分な大きさに育つのは大体50年後。それを見られるのも、次の世代ですよ。しっかり繋いでいかなくちゃね」

最後に立ち寄った事務所には温度計が立て掛けられていた。「これと同じのが(隣接する)家にもあって。数字に異常があれば、すぐに様子を見に行けるからね」と教えてくれた。目尻が下がって、この日一番の優しい顔をしていた。

次の目的地までの道中、積み上げられた木材が目に入る。それも、まちのあちこちで、大量に。きっと岸苗畑で1本ずつたっぷりの愛情を受けて育ったものなのだろう。岸さんの顔を思い出し、思わず頬が緩んだ。

ふくらい家/ランチ

今日の昼食は、「ゲストハウスアンドリビングふくらい家」へ。築60年以上の元民宿を改修したゲストハウスで、広いキッチンとリビングは間借りスペースとして開放され、ランチやカフェとしても利用されている。よくイベントも開かれているそうで、ガイドの冨山さんも時折ここで、「カフェ・プッサン」を開いているそうだ。

今日の営業は「喫茶去MAGARI」で、ランチメニューは「シシリアンライス」。あまり馴染みのないメニューだが、聞けば佐賀県のご当地グルメらしい。「どうしてシシリアンライスなの?とよく聞かれるけど、実はなんとなくなの! たまたま〇〇ライスで検索してヒットして、おいしそうだなって」と、店主のやよいさんがワハハと笑って教えてくれた。

みんなでテーブルを囲んで「いただきます」。ご飯の上に甘辛く炒められた豚肉と生野菜、目玉焼きが盛られてマヨネーズがかかったシシリアンライス。ご飯が進む、間違いのない組み合わせ。あっという間にぺろりと平らげた。

ふくらい家/バードコール作り

そのままふくらい家のリビングでバードコールづくり。一般的には枝や筒状の木片を使うことが多いが、滝上のバードコールは楕円形のものを使用。コロンとした木からスッと伸びるボルト、そのフォルムはまさしく鳥のよう。ここにイラストを描いて、オリジナルのバードコールを作る。

木片をよく見ると、年輪の幅や色の濃さなどそれぞれ異なる表情をしていて、触ったり見比べたりしてみると、不思議としっくりくるものがある。同じ樹種でも、生えていた場所の気候や日当たりによって年輪の入り方が変わると聞いて、「木の個性」に思いを巡らせる。

「これ、参考にしてくださいね」といって冨山さんが広げてくれたのは、滝上町の野鳥図鑑(「錦仙峡お散歩ガイド 野鳥」)。豊かな自然が広がる滝上町には野鳥もたくさん暮らしていて、ここで出会える45種類の鳥がイラストで紹介されている。

「フクロウいるかなぁ」

「今日の場所で見たことはないけど、町内の木でよく休んでいますよ。鳴き声がわかりやすいから見つけやすいよね」

「シマエナガ、まだ見たことないんです。今日会えるかな」

「先週は群れでいましたよ! なんならわが家の庭で会えることもありますよ」

「そんなに! じゃあ、シマエナガを描きます!」

出会いのワクワクを膨らませながら、思い思いのイラストを施す。「キュッキュ」ときれいに鳴く、それぞれのマイバードコールが完成した。

オシラネップ川周辺/スノーシューハイク

完成したマイバードコールをぶら下げ、いよいよスノーシューハイクヘ。ふくらい家から車で15分ほどのところにある開けた雪原は、富山さんのいつもの遊び場。釣りに散策、1年を通して何度も訪れているそうだ。

歩き始めてすぐ、前方に露出した山肌が見えてきた。伐採されたばかりの跡地らしく、近くで見ると雪の間から切り株が顔を出している。ギザギザに走る線は木材を運び出すための作業道で、山の向こう側まで続いていた。いつかここにも新しい苗木が植えられて、次のサイクルが始まるのだろう。自然とそんな想像を巡らせていた。

ときに植物の冬芽を愛でながら、大小さまざまな動物の足跡と交差しながら。富山さんが「ホラ、これはね」と楽しそうに教えてくれ話に耳を傾けるうちに、冬の森の豊かさに改めて気づかされる。

オニグルミの冬芽。ヒツジ顔だったり、猿顔だったり。

エゾクロテンの足跡と交差する。

木の間を抜けると視界は広がり、細い川が流れている。

「皆さんが立っているそこ!もう川の上ですよ。ここからは川を歩いていきますよ」と楽しそうに冨山さんが言う。耳を澄ますと、確かに足の下からゴーゴーと水が流れる音がする。ひんやりとした感覚を足に覚えながらも、ずんずんと迷いなく進む冨山さんの足跡を追いかける。

川の向こうには氷瀑が見えてきた。崖の上からは滴るように、太い根の間からは流れるように。長い時間をかけて造られた氷の作品たち。ずらりと並ぶ姿はどこか神秘的で美しく、力強く迫ってくる。

ヒヤヒヤしながら何度も川を横切り、流れに逆らって上流へ進む。

「動物の足跡を見ながら、進む道を選んでいるんですよ。鹿が歩いていれば、人も大丈夫。小さい蹄に体重がかかっているからね。何も足跡がなかったとき、勘で歩いて落ちたこともあるけどね、ハハハ」と冨山さん。なるほど、動物を手がかりにすればいいのか。ヒントはそこら中に転がっていて、それに気づき、受け取れるかどうか。なんだか大切な知恵を手に入れた気がする。圧倒的な自然の中に身を置くと謙虚な気持ちになれるからか、学びがスッと腹落ちする。

一段と開けた場所に出ると上空で川を渡る鳥の姿が見えた。すかさず一斉にバードコールを握りしめ「キュルキュル、キュッ」と挨拶を投げかける。返ってきた「キーキー」に、さらに「キュルキュル」。「さっき下で氷瀑を見たよ」「この先にも大きいのがあるよ」なんて会話を想像して手首を回し続ける。だが、冨山さん曰くこれは「警戒の鳴き声」らしい。きっと普段は人が立ち入ることのない場所、びっくりさせてしまったか。

フクロウにもシマエナガにも会えなかったが、耳を澄ませて姿を探す時間、呼びかけて待つ時間は童心そのもの。マイバードコールを持って行って良かった。森で過ごす時間を一段と心弾むものにしてくれた。

森と川をまたいで歩いた、約2時間のスノーシューハイク。市街地からほど近い場所でありながら、なかなか一人では訪れることができないスポットだろう。人とすれ違うことも、足跡もない、冨山さんのとっておきの遊び場。すっかりお気に入りの場所になった。

くるくると回って落ちてきたシナノキの種。何回も飛ばして遊んだ。

 

旅の終わりに

新たな知識や知恵を得て、滝上の町民や動物と交流し、自然の中を歩き回る。頭も心も身体も動かした一日を終えると、すみずみまで心地良い疲労感に満たされた。

「滝上の日常って、楽しいんですよね」。

元教員で移住者、現ガイドとさまざまな視点で滝上を見つめてきた冨山さんがポツリと話してくれた。ときに岸苗畑で作業をしたり、芝桜のイベント運営に携わったり、冬の名物スモークターキー生産を手伝ったりと滝上のあらゆる産業を知っている冨山さん。ふらりとふくらい家に寄ってしゃべって、その時々の自然で遊んで。今日の行程も、飾ることのない普段の日常、そのものだ。

滝上のメイン産業である林業や森をテーマにした冬の1日。行く先々で心が動き、不思議さや美しさに目を見張った。形として持ち帰ったのはオリジナルのバードコール。それだけでなく、瑞々しい感性まで持ち帰らせてくれた。

このまちに流れる日常はまだまだ多くあって、きっとどんな日常も楽しいのだろう。

再訪したい旅先、思いを馳せる場所が増えていくことは豊かなことだと思う。今日選別した苗たちは、この先50年は滝上で根を張って育っていく。次にここを訪れるとき、どこに植わっているだろうか、成長しているだろうか。

ふとした瞬間に、遠くで暮らすだれかを思い出すように、日々生活する中で「あの木」に思いを巡らす時間が生まれたことのうれしさを噛みしめる。これから行く先々でまっすぐに生えそろう針葉樹の森を見る度に、目尻を下げながら思い出すだろう。ここにある日常と木の一生が交差し始めた、今日の日のことを。

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Gaku Kunishima

みなとまち新潟市出身、十勝在住。雑誌編集部による旅行部門「Slow Travel HOKKAIDO」に所属。編集者兼ツアーコーディネーターとして道内各地を飛び回り、大自然と人の営みに深く魅了される日々を送る。贅沢は朝風呂。

  1. 木と、自分の生き方が交差する。森のまち・滝上で、木の一生を巡る冬の旅

  2. 手つかずの原野と豊かな港巡り、味わう別海の恵み

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